第4話 クリームソーダの思い出

 空き店舗のシャッターをあげ、カギを開けて中へ入る。
「もとは喫茶店だったんですよ」
 見ればわかる。テーブルにイスがあげてあるけれど、テーブル席にカウンターに、その奥のコーヒーなんかを淹れるところ、さらに厨房が奥にあるのだろう。
「喫茶店のオーナーはどうしたんですか」
「それがですね」
 中小企業診断士の針宮さんが振り返る。はじめてだ、針宮さんが表情を曇らせたのは。
 テーブルにあがったイスを降ろそうとするから、手を貸して四脚のイスをおろした。向かい合わせにすわる。
「仲の良いおじいさんとおばあさんがやっていたんです、このお店」
 おじいさんは喫茶店で働いているときに倒れ、そのまま病院で亡くなったそうだ。おばあさんはショックで寝込み、いまは老人ホーム。子供たちは店を継ぐつもりもなく遠方に住んで会社勤めをしているそうだ。
「喫茶店が閉まって、わたしは子供の頃飲んだクリームソーダを思い出しましたよ」
「僕は親に飲ませてもらえなかったなあ」
 アイスとメロンソーダ、どちらも子供がよろこぶ。それが合体しているのだから、僕だって親にねだるというもの。オレンジジュースにしておきなさいと一蹴されたけれど。
 ふたりして回顧にふけって時間が止まったようになっていた。
「それで?」
「ああ、そうでした」
 現実にもどってきた針宮さんは、なぜか口のまわりをぬぐった。ヨダレを垂らしていたわけではないのに。
「ここどうです? タピオカ屋さん。人通りはあるし、安くないけど借りられますよ」
 安くないというのは聞き捨てならない。安い掘り出し物だから借りろと言うならわかるけど。
 それになにより、お店の経営のことなんてなにもわからない。親の手伝いをしているといっても、仕込みや調理くらいのことだ。
「お店を出すって大変なことでしょう。急にやれといわれてもできませんよ」
「この物件に不満はないんですね?」
「いや、不満とかじゃなくて」
「貯金はどのくらいありますか」
 修行先でもらっていた給料なんて微々たるものだけれど、生活のための出費くらいで使い道がほかになかった。こっちに戻ってきて親の手伝いをはじめてからもかわりはない。無趣味で寂しい人生って気はするけど、貯金はいくらかある。
「十分ですね」
 一瞬視線を上にもって行ったと思ったら、針宮さんはそう言った。そうかな、お店を出せる金額ではないと思うんだけど。
「もしかして借金しろとか?」
「大丈夫です、わたしの報酬も含めてね。それに、お金なんて借りられませんよ。親の手伝いでロクに収入もなく、はじめてのお店でなんの実績もない人にお金を貸してくれるところなんて、まともではないところだけです」
 にこやかに痛いところを突いてくる。
「じゃあ行きましょうか」
「え? どこに?」
「お役所ですよ。善は急げって言うでしょ?」
 突きだした手の人さし指がピンと天を指していた。