第6話 ふつつかものですが……

「父さん、母さん。こちら、中小企業診断士の針宮さんです」
「針宮沙羅です。お世話になります」
 針宮さんが頭を下げる。僕はとなりで真面目くさった顔をしているつもり。
 向かいにすわっている父さんと母さんは針宮さんを凝視。両親は開店前で、板前と女将の格好をしている。まあ、僕も店を手伝うから板前の格好をしていたりする。
「うむ、そうか」
中小企業診断士っていうと、マーケティングとかブランディングとかの専門家でしょ?」
「ええ、まあ。そういったことの支援もします」
 針宮さんは落ち着いていて、母さんの質問にも的確に答えた。お茶を飲む。
「お茶、おいしいですね」
 得意のにっこりスマイル。いいぞ、父さんと母さんも好印象をもったはず。
「息子を頼みます」
「料理しかできない子に育ててしまったけど、沙羅さんがいればお店も家庭も安心ね」
 ん? なんの話だ。反応がおかしい。
「それで、針宮さんのご両親にはご挨拶したの?」
「母さん、ちょっと待って。なにか誤解がある」
「誤解なんてしていませんよ。経隆がこんなかわいらしい女性を連れてくるなんてね」
「でかしたぞ。挨拶がまだなら早くした方がいい」
 確定した。誤解している。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
 まさかの針宮さんまで!
「言っただろ、針宮さんは中小企業診断士なんだって。針宮さんもノらないでください。そんなキャラじゃないでしょう」
「わかっている。ちゃんと聞いていたからな。そのナントカ診断士として働きながらだって、女将はできる。俺も母さんも、古臭い考えをもっているわけではないぞ」
「ちがうって、僕は依頼人。針宮さんは仕事できてくれたの!」
「はい?」
 母さん、それは僕のセリフだ。

 僕はヘンな誤解のせいで余計にしどろもどろになりながら両親に説明した。タピオカ屋を本格的にはじめること、商店街にお店の候補を見つけたこと、補助金を当てにしてお得にお店を出すつもりだということ、お店を開店するまでの間、経営的なことを教えてほしいということを。それに、開店までのサポートは針宮さんがしてくれるから安心だということをだ。
「そうか、覚悟を決めたということだな」
 表情の違いはわかりにくいけど、父さんが厳しい表情になったのが僕にはわかった。
「店は継がない、タピオカに人生を賭けると」
「いや、そこまでは言ってない。店を継ぐ気はあるし、今までどおり手伝いはする。それとは別にタピオカ屋をやるから了解してほしいって話なんだ」
「そんな中途半端で男の一生の仕事が務まると思っているのか」
 タピオカ屋を許さないつもりか。
「あなた、なにバカなこと言っているの。いいじゃないの。さっき中小企業診断士やりながらだって女将ができるって言っていたのだもの。それとも」
 母さんはゆっくり父さんに体を向ける。
「女の仕事はおままごとだとでも思っているのかしら?」
 父さんの肩がピクリともちあがった。
「ごほん。まあ、あれだ。体を壊さない程度にだな、無理をするんじゃないぞ。言いたかったのは、そういうことだ」
「母さん、ありがとう」
 憂いが晴れてうれしかった。つい隣の針宮さんの手をとって握りしめていた。針宮さんの顔は浮かなかった。でも、僕のうちはこういう感じなのだ。