第1話 キミなにもの? シンダンシですっ!

 やりにくい。とてもやりにくい。
「はい、お待たせしました」
 僕は目の前のお客さんにタピオカドリンクのカップを渡す。視界の端には、やりにくさの正体が……。
 二十歳くらいだろう女の子が、さっきからこちらをじっと見つめているのだ。僕のことを見つめているとしか思えない。だって、あの女の子の視界に人間と言ったら、目の前のお客さんと僕くらいのもの。そして、お客さんがくる前から同じ姿勢でじっと見つめられているのだから、標的は僕と思っても自意識過剰ではないはず。
 カップを受けとったお客さんが振り返って女の子に気づき、ぎょっとするのが背中を見ていてわかってしまった。

 はじめあらわれたとき、女の子はお客さんだった。ごく普通の、タピオカドリンクを買って飲んでくれるお客さんだった。むしろ愛想がよいくらい。にっこり微笑んで、僕の渡すカップを受けとってくれたものだ。
 それがなぜか、ブッシュの影に潜んではぐれヌーを狙うメスライオンみたいになってしまった。危機感をおぼえる。
「あの、お店出しませんか」
「わあ!」
 カウンターに乗り出して目の前にメスライオンがきていた。考えごとをしてぼうっとしていたみたいだ。ふいをつかれて、つい声が出てしまった。
「ねえ、お店出しましょう」
 僕はあたりを見回す。ひとりがカニ歩きするスペースしかない、タピオカドリンクを作ってお客さんに渡し、お会計をするだけで手いっぱいの極狭物件。物件とも言えないか。
 親の経営する日本料理屋の敷地に無理にテント式の屋根をつけ、カウンターのつもりの長机を並べただけ、背中のうしろはすぐに日本料理屋の壁、そんな僕のお店。
「えっと、これでもお店のつもりなんだけど」
「原価はいくらですか」
「え?」
「一日の売り上げは?」
「は?」
「貯金はどのくらいありますか」
「あの」
 矢継ぎ早の質問に、僕はすぐに答えられない。というか。
「キミなにもの?」
「あ、すみません。わたし、シンダンシですっ!」
 シンダンシ? 満面の笑顔で言われてもわからない。
中小企業診断士です!」
 中小企業診断士、なんだっけ。いや、中小企業を診断するんだってことは言葉からわかる。弁護士は弁護をする仕事みたいに、診断をする仕事のことなんだろうけど。でも、診断ってなに?
 女の子の笑顔はくもってきた。
「こ、公認会計士は?」
 知ってる。なにをする人かは知らないけど。
「税理士」
 税金をお得にしてくれる人だね。うなづく。
中小企業診断士
 うん? 首をかしげてしまう。
「むむぅ」
 もうほっぺをふくらませている。ごめんなさい。

 

 

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