第7話 朝食抜きと、なんでも聞いてくれ

 お金をもらうのは簡単ではない。ましてそれが税金となるとなおさらだ。
 中小企業診断士の針宮さんから指導を受けつつ必要な書類をお役所に提出した。商店街にお店を出すための助成金の申請書一式だ。
 書類審査があって通過したとの連絡があったのだけど、つぎは面接試験があるという。試験ではなくて面接審査だけど。
 それが今日あるのだ。なんだか緊張する。
 タピオカドリンクを売っている場合ではない気もするけれど、なにもしていないと余計に落ち着かないと思う。

「おはようございます、タピオカ屋さん」
 いつも元気な針宮さんが目の前に立っていた。でも、今朝は元気がないというか、覇気がない。
「今日ですね、面接審査」
「おはようございます。そうですけど、どうしました。元気ありませんね」
「あはは。ご飯食べている時間なくて、これからですよ。今日は試験なもので」
 うら若き女性がもつにしては大きなバッグ、どんだけ荷物いれているんだってくらい膨らんでいる。そんなバッグからちょいと黄色い箱を取り出した。僕の料理人魂にカチンときた。
「ちょっときてださい」
 カニ歩きでタピオカ屋のスペースから抜けだし、針宮さんの手を取る。このまま自由な世界へ逃避行したい気分もあったけれど、それどころではない。自宅側にまわりこんで玄関を上がり、ダイニングですわって待ってもらう。
 十数分後、針宮さんのまえに朝食を揃えた。
「これから試験で、時間ないんですけど」
「それなら味噌汁だけでもお腹にいれてください。そんな黄色い箱の栄養補助食品だけなんて、僕が許しません」
「なんかキャラかわってますよ」
 と言いつつ、味噌汁に口をつける。
「なにこれ、おいしい」
 箸が焼き魚へ向かう。
「はふっ。ふっくらしてます、身が。このタレがまた」
 ごはん茶碗を手にもつのももどかしいといった雰囲気でご飯をひと口。
「ご飯にあうー」
 箸をもった手でほっぺを押さえている。そんな表情を見せられたら、こっちまで幸せになってしまう。

 食事を終え、お茶を飲む針宮さん。いつもの元気な針宮さんだ。
「いやー、生き返りましたぁ」
「はい、そう思います」
「すごいですね、いきなりきて朝食が用意できるなんて」
「うちの食事は僕が作るんです。それでいくらでも融通が利くんですね」
「すごいことですよ」
 朝食つくるくらい大したことないのにすごいなんて持ち上げられると、本当はもっとすごいんだけどと思ってしまって、素直に受け止められない。かわいた笑いとともに後頭部をかいてごまかした。
「このお魚は? もう食べちゃったけど」
「ぶりの照り焼きでした」
「ぶりの照り焼きだったんですか。わたしが知っているのと全然違う。身がふっくらしていたじゃないですか。うちのはパッサパサですよ」
「まあ、腕の見せ所ってやつです。それよりいいんですか、くつろいでいて。試験なんじゃ」
「そうでした! それじゃ、面接審査ガンバってくださいね、わたしも試験ガンバります」
「ちょっと待って、送ります」
 車庫からバイクを出してエンジンをかけた。父さんのバイクで、サイドカーがついている。針宮さんを押し込めて走り出す。僕の朝食のせいで針宮さんが試験に遅れたら大変だ。

 大学についてキャンパスを小走りにゆく針宮さん、立ち止まったかと思ったら振り返り、手を振りながらごちそうさまでしたーと叫んだ。
 針宮さんの背中を見送って、僕は胸を熱くしていた。朝食抜きなくらい時間がないのに僕のところにきてくれた針宮さんの心づかいに応えないといけない。
 よおし、なんでも聞いてくれ。気合の入れ方まちがってる?