第5話 ネーミング・センス

 お役所と言うところは、どうも落ち着かない。ざわざわしているわりに、うるさいってわけでもない。広い空間のわりに、机だの人だのがひしめいてごちゃごちゃしている。
 中小企業診断士の針宮さんに連れられてきたのは、お役所と言っても中小企業振興公社といって別組織なんだとか。僕にはよくわからない。

 商店街にお店を出す、しかもまだ若いということで、補助金をもらってお店を出すことができるかもしれないと言うのだ、針宮さんが。かもしれないというのは、競争があるということ。募集に対して応募が多すぎる人気の制度なのだとか。
 お店の改装費用とか、家賃とか、なんと針宮さんに払う報酬まで補助してもらえるというのだから、利用しない手はない。といっても全額ではなく、三分の一は自分で払わないといけない。それでも開業資金は高額だから、自分のお金だけではお店が出せないと思っている人にとってはありがたすぎる。
 ちなみに補助金と言うのは正確ではなく、本当は助成金と言うのだとか。
 補助金助成金の違いどころか、自分ではそんなお得な制度があるなんてことも知りようがないわけで、やっぱりプロに頼むと結局はお得ということだろう。税理士に頼めば税金が安くなって全体としてはお得になるのと同じ理屈だ、たぶん。
 補助金と言っても、もとはといえば税金なわけで。納税者のみなさん、ありがとう。僕だって払ってはいるけど、少額にすぎない。

 今は、お役所のカウンターのところでイスにすわって係の人に説明を受けている。お役所って、やっぱり企業とちがう。カッチリしたビジネスマンって感じではない。ビジネスマンは緊張させられるし、なんだか怖いと思ってしまって、僕は苦手だ。お役所の人の方がマシというもの。
 係の人の説明は終わったらしい。テーブルには書くべき用紙が並んでいる。
 中小企業診断士の針宮さんが頼りになる場面。提出すべき書類を確認しながらスパッスパッとまとめてゆき、クリアファイルへ差し込んだ。
「いまさらですけど、お店の名前なんでしたっけ」
 僕の方へ向き直って針宮さんが、素朴な疑問をぶつけてきた。
「特にありませんけど」
「お店を出すからには名前を考えないといけません」
 お店の名前を考えなくちゃいけないのか。言われてみれば当たり前だった。どの店にだって名前がついている。僕の場合、実家の日本料理屋がタピオカドリンクを売っている形になっているのかな。
「タピオカ屋でいいんじゃないですか」
 まだ考えている途中なのに、横やりが入った。そういえば、針宮さんは僕のことタピオカ屋さんと呼んでいた。
「嫌ですよ、そんななんの工夫もない。もっとオシャレな名前にします」
「そういえば、名前は?」
「ツネタカです」
「上の名前は?」
 ぐぐ、聞かれてしまった。
「多比岡」
 針宮さんの目が半分閉じた。
「誰でも気軽に、歩きながらだって楽しめるものを探してタピオカにたどり着いたっていってたのにー。名前が似ているからだったんですね。ダマされました」
「いや、真面目に探して、名前はたまたまですよ」
「うっそだー」
 ひどい。
「実家の日本料理屋は? 名前なんですか」
「多比岡」
「わたしのこと、なんの工夫もないってさっき言いました?」
「ごめんなさい。だからその目やめてください」