第3話 とある商店街の空き店舗へ

 待ち合わせ場所につくと針宮さんはすでにそこに立っていて、さあ行きましょうと言った。到着早々せわしない。

 針宮さんと出会ったのは昨日のことだ。親の日本料理屋の前でタピオカドリンクを売っているところにやってきた。それで僕に店を出せとせっついてきたのだ。
 針宮さんは中小企業診断士。僕は中小企業診断士のことなんてひとつも知らなかったけど、針宮さんのペースに乗せられて、いろいろ話を聞かされたり聞き出されたりした。
 それでも僕が店を出すと言わないものだから、とりあえず待ち合わせしましょうと持ち掛けられた。どうとりあえずなのかわからなかったけど、膠着状態にあってお互いに歩み寄る必要があると感じていたから承知したのだった。

 そして今に至る。
「行きましょうって、どこへ行くんですか」
「とある商店街の空き店舗へ」
「へえ、ロマンチックですね。どこが」
 わかっていた、デートの待ち合わせではない。
 年下のかわいい女の子とデートできたら、そりゃどこにだってついてゆくというもの。でもこれは中小企業診断士の業務として僕に店を出させようという魂胆があってのこと。インチキな壺三十万円なんてわけにはいかない。ひょっとしたら何百万も借金させられて厳しい取り立てが、なんてことにだってなりかねない。いや、国家資格をもった中小企業診断士なんだから、そんなひどいことにはならないだろうけど。
「とあるっていうのは、具体的には?」
「いいからいいから、ついてきてください。はい、行きますよ」
 手首をつかまれ、僕は歩き出すしかなかった。やっぱりひどいことになるかも。

 やや広い道路、アーケードはないけれど、両サイドはお店が並んでいる。ここはもう商店街なのだ。全部二階建てで、一階がお店、上は住居らしい。イメージ通りの商店街と言ったところ。
 お店ではなく住宅だったりコジャレたアパートだったりもある。閉まったお店がぽつぽつある。人は歩いていない。儲からないから商売をやめてしまったのだろう。
 こんなところにお店を出してもお客さんはこなさそう。
「止まって」
「おおう」
 よそ見をしていたから気づかなかったけど、商店街は割と広い道路にぶつかっていて、目の前を車がけっこうなスピードで走っていった。油断ならない商店街だ。
 道路を渡ると、道が狭くなった。それでも商店街がつづいているらしい。狭いうえに自転車が道路に駐めてあって余計に狭い。しかもさっきとちがって人が歩いている。自転車も通る。危ない。なんだここは。

「はい、とうちゃーく」
 僕はシャッターの閉まった店の前に立っていた。往来の邪魔かもしれない。
「沙羅ちゃん、とそっちは誰?」
 となりの店から青年が出てきて話しかけてきた。針宮さんのお知り合いらしい。
「たーくん、これから大学?」
「そう、三コマ目から」
「ガンバって、いってらっしゃい」
 針宮さんは元気よく手を振る。たーくんはまだ話したそうだったけど、向きを変えて行ってしまった。向きを変える一瞬、こっちを見た目がやけに鋭かった気がする。
「たーくんって?」
「ああ、幼馴染ですよ。子供の頃からずっとたーくんだったから、たーくんと呼ばないと感じが出なくって」
「たーくんも沙羅ちゃんと呼んでましたね。よいものです、幼馴染」
「そうですか? 当人たちは別にいいと思っていませんけどね。ちょっとヘンな感じでしょ? 大人になってたーくん、沙羅ちゃんって」
 たーくんの方では別の評価をしていそうだけど。
「ということは、針宮さんも二十歳くらいですよね。それで中小企業診断士として働いているなんてすごい」
「そうです、すごいんですよ。しかもキラキラの女子大生です!」
 女の子がよくやる、横向きのピースを目のあたりにもってゆくポーズでキメた。