第8話 お金がない!

 中小企業診断士の針宮さんに言いつけられたとおり、僕はタピオカ屋開店前に予行演習している。もう少しでお店をはじめるかと思うとワクワクしてきた。
 店内は改装されてシックかつパステル調のやわらかな雰囲気になっている。
 歩きながらだって楽しめるタピオカドリンクということで、テーブルやイスは簡素にしてお安いものでまとめた。
 すべて針宮さんの意見を取り入れたものだ。さすが中小企業診断士、まだ大学生とは言っても抜かりがない。

 でもなぜだ。いま僕の目の前には封筒から出した書面が並んでいる。
 腕を組み、じっくり睨んでも、やっぱり請求書である。請求書と大きく書かれているのだから間違いない。
 全部足したら大した額であり、僕の貯金なんて吹っ飛んでもまだ足りない。
 貯金なんて言っても頼りにならないものだ。やつらはただの数字にすぎない。この一万円は一騎当千、一枚で目の前の請求書全部処理してくれる、なんてたのもしさは期待できない。
 お役所から助成金がもらえて、貯金と合わせたら支払いが済ませられるはずだった。でも助成金はまだ振り込まれない。援軍はまだ見えない。
 僕が支払いをしなかったら、内装や外装をやってくれた工務店の人たちだって、テーブルやイスを納入してくれた業者の人たちだって困ってしまうだろう。

 どうしたものか。親に泣きつけばどうにかなるとは思うけれど。でも、お店を出したいと言ったときに、あれだけ針宮さんがついていれば大丈夫と胸を張ってしまったし、切りだしにくいものがある。
 頼りの針宮さんだけれど、今旅行中なのだ。卒業旅行で海外にいる。海外にいたってケータイがつながらないわけではないけれど、仕事の連絡をしたら旅行の雰囲気ぶち壊しだ。それで遠慮している。

 このままではどうなってしまうだろう。お店に怖いお兄さんたちがやってきて、借りたものは返すってのが世の掟なんだせぇなんていって、お客さんにまで脅しをかけたりして。ああ、もうダメだ。そんな店にタピオカ・ドリンク買いにこようなんて物好きはいない。僕のお店ははじまるまえから台無しだ。

 店のドアが開く音がして、ビクッと体を震わせてしまった。鳥肌まで立って、ビックリしすぎだ。
 外の明るい陽光を背に浮かび上がるシルエット。あたたかな空気がはいりこんで顔にぶつかる。
「ただいま。って、どうしたんですか。銭湯で頭洗って顔をあげたら全裸の悪魔に出会ったみたいな顔してますよ」
 針宮さんだ。怖いお兄さんたちではなかった。
 針宮さんが店の奥にやってくる。
「どんな顔ですか、わけわかりません」
「それより、どうしたんですか。本当に深刻そうでしたよ、タピオカ屋さん」
「そりゃ、深刻な顔にもなるってもんですよ。見てください、この請求書の数々を」
「市場のマグロみたい」
「いや、そんな悠長なこと言ってる場合じゃありません」
 本当にそんな場合ではない。
 助成金がまだ入金にならないのに、請求書がきてしまって困っているんだと説明した。
「そりゃ、そうですよ。助成金清算払い、お金を払って金額が確定してから報告してやっともらえるんです」
「そうなんでしたっけ、それでどうしたらいいんです?」
「あれ? あっ」
「どうしました?」
「いえ、なんでもありません」
 いや、絶対なんかあった。
「もちろん、予定通り。わかっていますとも。助成金が入るまでの支払い用にお金を用意しておかないといけないんですよ。当り前じゃないですか。なに言っているんですか、タピオカ屋さん。いやだなあ」
 なんのことやら。無駄に饒舌になっているし。